教育の夢を支援する奨学金

                         横浜市立南高等学校

                         校長 鈴木英夫

 

 教育には夢があります。それは身分の固定された封建社会では存在しなかった出来事です。人は近代の自由の中で、教育によって、親の世代とは違う人生を手に入れる力を得たのだと思います。

 近代市民社会の学校教育は二つの役割を担っています。

一つは、近代社会の再生です。文字が読めて、ルールが理解できて、国家の伝統を引き継いで行く国民を生み出す事。群雄割拠の封建社会とは異なり、自分の村や町などの生活圏を越えた国民意識や国民常識が必要となりました。ですから、日本は明治6年に学制を発布して、国民共通の基盤づくりとして小学校での初等教育をはじめたのです。これは、藩校などで実施していたテクノクラートの教育とは質の異なる教育です。専門性やリーダー性の涵養ではなく国民の共通性、均質性を担保するための教育だからです。

学校教育のもう一つの役割は、一つ目の役割のメダルの裏側とも言えますが、個人の社会的自立を促進する事です。近代市民社会は自由で有能な個人の存在を前提としています。だから、自由意志と社会常識を兼ね備え、社会に仕事を通して参画する事のできる、まさに社会的存在としての個人なくしては、近代社会という人間の集まりは構成できないのです。

教育を人格発達論的にとらえると、個人が社会的自立を果たすためには、社会性と知性の獲得が欠かせません。学校教育では、初等教育でも、中等教育でも、大学以上の高等教育でも、近代市民社会が求める社会性の育成と知識・技能の修得のために様々な教育活動が組織されます。子どもは学校教育の中で近代社会における自我に目覚めます。そして、しっかり勉強して将来は、こんな職に就きたいという夢を持ちます。その夢の実現のために、たゆまぬ努力をして高等教育で専門性を身につけて夢が実現出来るステイタスを得ようとします。

 以上が近代学校教育の大きな見取り図です。しかしながら、教育が無償でない国家では、個人の社会的自立までの道のりには、経済的困難が立ちはだかります。初等教育で国民常識を獲得し、中等教育で社会的自立への意欲や意志、そして知性の準備が出来たとしても、高等教育を受ける費用的保証が無ければ、夢は夢のままで終わります。なるべく多くの子どもの夢が実現できる社会こそが、健全な近代社会だと思います。国家の仕組みとして、個人が高等教育を受ける機会を経済的に不十分にしか保証出来ないのであれば、それを補完しているのか奨学金です。

 フミヱ記念援助会は平成16年設立以来、保健・医療並びに福祉の分野への進学を希望し、母子家庭等にあって学費負担が困難な事情にある高校生に対し、入学金の助成を通じて、進学の希望を支援するとともに、少子高齢社会を支える人材を輩出しようとの高い志で運営されておられます。母子家庭という経済的ハンディをかかえた学生が、自分の夢を実現する事が出来る社会こそが、学校教育が理想とする近代社会なのだと思います。能力や意欲のある若者が、専門教育を受けて親の世代とは違うステイタスを得て社会参画する。その事を支援しておられるフミヱ記念援助会に深い敬意と感謝を申し上げます。

 実は私自身も高校、大学を通じて奨学金のお世話になってきました。奨学金だけで学生生活を乗り切ったわけではありませんが、奨学金をいただけるという事が精神的支えとなって、不足分をアルバイトでまかない、奨学金で支えられた者としての社会的自立への責任感のようなものも感じていました。奨学金のおかげで、親の世代とは違うステイタスを得て、社会に参画し、教師としての生き甲斐も使命感も感じて、仕事をする事ができています。そのような意味では、奨学金無くして今日の自分は、経済的にも精神的にも存在していなかったと思います。現代日本は、高度経済成長もバブル景気も収束し、経済失速の時代になっています。国民の平均年収は高等教育を子どもに受けさせるには不足しているように思われます。そして、学校教育の格差も拡大し、学校どころか、塾やお習い事で潤沢な資金で教育を受けられる層と、そうでない階層が分化し始めています。そんな時代だからこそ、奨学金の果たす役割はますます大きくなって来ていると思われます。

 貴法人のホームページに謳われておりますように、ひとは、ひとりで生きているのではありません。その個人にふさわしい社会的自立のためには、経済的ハンディを克服する社会的支援が必要です。そうして、個人の夢を実現出来る社会を維持しない限り近代社会の健全な維持は難しいと思われます。奨学金制度を含めて、社会に支えられて自立した個人はこれからの社会を支えて行く存在に成長してくれるものと、若者と社会の未来を信じたいと思います。これからの社会を支える若者を支援する貴法人のますますのご発展をお祈りします。