福祉・医療に携わる意味

理事 大沢 正之

 

 私は横浜市役所に40年勤め、うち財政畑に20年余、福祉畑に10年余勤めた。特に財政畑は、広く横浜市の財政関係を担当した。そこでは、課長級までは毎年秋から翌年春まで半年近く休日なしの、民間でも考えられないような過酷な生活を送った。そのような生活を通して、極端なことを言えば、人間の体の本当の限界も知った。

 財政畑の次に長い福祉畑では一番勉強になったし、市政全般の中で一番難しい分野だと知った。何が難しいか!……何より人間相手の仕事であり、そのため価値観次第で事業が〇になったり、正反対の×になったりする。(例えば、ある障がい者に何らかの手当てを支給することの是非等。ある価値観では〇、他の価値観では×。)

 また、私が福祉局で経理係長を務めた時、私の発案で、当時の細郷市長と、中間管理職を排した局の係長級全員とで、車座になってフリートーキングを行ったことがある。こんなことは前代未聞であったが、ざっくばらんな面白い座談会になった。その中で市長がこんなことを言った。《行政で最後まで残るのは、福祉・医療と教育だろう!》と。人間が生きていくうえで一番大事なもの……という意味で言ったのだと思うが、まさに慧眼(けいがん)であると思う。そしてその二分野は、また、行政と民間とが手を携えてやらなければできない分野でもあるのである。

 私たちが関係しているフミヱ記念援助会は、その民間活動の一環であり、ささやかではあるものの意義深いものと考えている。したがって福祉・医療の業務に携わっていく人たちは、実務をこなす傍らその本質についても掘り下げて考えていってもらいたいと思う。福祉・医療関係者は皆さんに期待していますので、ぜひ頑張ってください。